もりの人に聞いてみた vol.04
LeMoingTOKYO Co.,Ltd.代表
ルモアン直美さん私がいろいろできなくても、できる人がきっといるからいいんだって思えるようになった。人と地域と、ゆるやかにつながって自由に生きる
ルモアン直美さんは会社員として企業に勤めながら、2012年に三鷹駅前でラジオ体操をはじめられました。2018年にはナチュラルワインを輸入販売する会社『株式会社ルモアン東京』を起業され、他にも異文化交流を応援する『ローカルツアー たびもあ』や、ナチュラルワインと地産野菜を使ったフランスの家庭料理をみんなで楽しむ『醸し家ダイニング(1日キッチン)』を開催するなど、その活動は多彩です。この2年は『まちづくり研究員』として、三鷹市に持続可能な食と農にむけた提案をされてきました。
なにやら地域を中心に、印象的な活動をいろいろとされていますが、いったいどんな経緯があったのでしょうか。パートナーのシリルさんとの出会いにさかのぼります…
ナチュラルワインの醸し家、シリル・ル・モアンさんとの出会い
直美さん 夫のシリルはフランス人で、フランスでナチュラルワインを造る生産者なんです。英語の勉強をできるだけお金を掛けずに続けたいと思っていた時、Language exchangeパートナーを探せるサイトで知り合いました。私は昔から、環境や自然に優しい農業などに興味があって、無農薬でワインをつくっているのも知っていたので、“すごいなぁ。でもそれって、どんなことなんだろう?”って。シリルは日本に友人やインポーターさんなどの知り合いがいたのですが、来たことはなくて。予定していたイタリアでのバカンスが先方の都合でなくなったことを機に急に日本に来ることになりました。初めての日本はきっと大変だろうからと、手ごろな宿を予約したり、来日した日は宿まで案内して、その後一緒にご飯を食べに行ったりしました。でも、その時の印象は無難な受け答えばかりで、あたりさわりのない人だな~って。だから恋愛対象としての興味は全くわかなかったんです(笑)。
── シリルさんはその後、インポーターさんと都内のお客さんをまわり、友人に会いに箱根へ。観光で京都、日光を巡って帰る予定でしたが、思わぬ事態が…。
直美さん シリルを初日に案内できたし、彼は携帯を持っていなかったので、日本での私の役割は終わりだなって思っていた時、東日本大震災が起こったんです。京都に行くって聞いていたから大丈夫かなって心配していたら、シリルから“京都から日光に行けるかな?”って連絡がありました。こっち(関東)は電車も動いてないし、放射能に怯えてカーテンを閉めて家にこもっているような状態。宿もすぐに取れるかわからないし、数日後に予定している帰国の飛行機も飛ぶのかどうかも分からない状況だったから、路頭に迷っていたらかわいそうだなって。当時はルームシェアをしていたので、すぐルームメイトに相談して、うちに一泊することになりました。せっかくなので料理を作って食べながらいろいろと話してみると、印象がガラッと変わったんです。人に対する態度や見方がサーカスティックな部分もあって、とても面白い人だなって。意気投合して、そこからお付き合いがはじまりました。その年の8月には私がフランスに行くこともできて、いろんな偶然が重なって、なにかに導かれたのかな。そんな気がしています。
── シリルさんのナチュラルワインは、“ヴァン・ナチュール”や“自然派ワイン”とも呼ばれます。直美さんは農薬や化学肥料を使わないのはいいことだと思っていましたが、自然の力だけでワインをつくることがどれだけ大変で、ごくわずかの人しか行っていないことなど、よく知りませんでした。直美さんの若い頃はちょうどバブル後期。その楽しさを享受しながらも消費型の社会にはずっと違和感をもっていました。環境問題や健康について気になるものの、知識が無いから何も言えず、ずっとモヤモヤしながら過ごしてきたそう。そして30代後半のころ、“ちゃんと知識を得よう”と女子栄養大学に入学します。
声に出していいし、私がいろいろできなくても、できる人がきっといるからいいんだって思えるようになった。ラジオ体操でみんなが教えてくれたこと
直美さん 大学の授業のおかげでだんだんと知識がついてきて、いざ地域で動き出そうと思ったら、住んでいる三鷹に誰も知り合いがいなかったことに気づきました。それで、大学の奨学金制度を見つけたので、学んだことのアウトプットも兼ねて思い切って応募したんです。その時、将来のプランとして書き出したアイデアが、今の活動につながる「みたか駅前 ラジオ体操」、「ローカルツアー たびもあ」、「醸し家ダイニング」の3つでした。それを三鷹ネットワーク大学でやっていた「まち活シンポジウム」に参加して話して、主催にダメ元で相談してみたら、一緒にやってくれることになったんです。まずは、誰でも気軽にはじめられて、どんな世代でも参加できそうなラジオ体操にしよう、やるなら目立って通いやすい駅前がいいなって。でも、やりたいと思った駅前の場所は市の道路で、使うには利用料がかかるため、警察への届け出も必要でした。そこで、三鷹市市民協働センターで相談したら、“2、3人でやるなら申請はまだ大丈夫じゃない?”と言われて、はじめることにしたんです。
── はじめてのラジオ体操は3人。それでも少しずつ広まり、だんだんと人が集まってくるようになりました。
直美さん 人が増えてきたら、市への申請と利用料の支払いが必要になって、申請に行く時間も取れず、お金も大変で続けるのが難しくなりました。困っていたら、市から仕事を受けていた参加者が、市に相談してくれました。すると、市の担当者が知恵を絞ってくれて、道路の掃除をするグループとして登録しないかって。「みちパートナー」という市の協力団体になれたら、道の清掃の前にラジオ体操するのは自然なことだから、と(笑)。それでなんとか続ける道が開けて、いまのごみ拾いにつながり、カフェで朝ごはんをみんなで食べる「朝カフェ」もするようになりました。また、私と同じ会社の若手の野水さんが近くに住んでいたので声を掛けたら参加してくれて、毎回コツコツ欠かさずに来てくれるようになりました。私が忙しくて参加できない時もいつもフォローしてくれて大変助かっていたので、6年前に代表職の打診をしたら、やる気満々! 喜んで引き受けてくれました。今、ラジオ体操の活動は代表の野水さん、野水さんのお父さん、お母さんが家族でやってくれています。
直美さん 朝カフェでは「GOOD&NEW」という時間を作って、簡単な自己紹介と最近あった良かったことや新鮮に思ったことをみんなで共有しています。私は話が上手なわけでもなく、自分でできない事もほんとにたくさんあって、それがずっとコンプレックスでした。でも、朝カフェで自分のことを話してみたら、“いいね!”って周囲が受け止めてくれました。そんな時間を繰り返すうちに、感じていることを声に出してもいいんだと思えるようになったんです。それにできないことがあって困っている時も、こうすればできるよって、朝カフェの参加者が教えてくれたり、協力してくれたりして。だから今では、私がいろいろできなくても、できる人がきっといるからいいんだとも、思えるようになったんです。私自身、声に出してみることで“本当はこういうことをしたかったんだな”って気づくことができたんだと思います。
── みたか駅前 ラジオ体操は、2022年の4月に10周年を迎え、参加者はのべ7,000人となりました。
周りに支えられて、ルモアン東京を起業
── 2016年、直美さんはシリルさんとご結婚されます。シリルさんのナチュラルワインと地産野菜を使ったフランスの家庭料理を一緒に楽しむ「醸し家ダイニング」もカタチになり、振る舞うワインの量も増えていきました。そこで輸入元の女性社長に、イベント用のワインを譲ってもらう相談を何度かしていると、意外な返答が返ってきました。
直美さん ある日、シリルがつくったワインをもう少し多く譲ってもらえないかと相談しに行くと、それなら自分たちで売ってみたらどうかと言ってくださったんです。インポーターさんがそんなことを言ってくださることは普通ならあり得ないこと。シリルのワインをすごく気に入って、フランスのセラーや畑に何度も足を運んでくれていたから、きっと私たちのことを応援したいと思ってくれたんだと思います。起業する時も、「自然派ワインがどれもおいしいと思ったら大間違い。シリルのワインの素晴らしさを、みなさんにちゃんと伝えてちょうだいね」と応援の言葉をもらいました。今度は私がそれを伝えていく役割なんだと、お気持ちとその責任の重さを今も大事に考えています。
── こうして2018年、フランス・ロワール地区に在住する醸し家のシリル・ル・モアンさんがつくるナチュラルワインと、その哲学を三鷹に住む直美さんが国内外に発信していく「株式会社ルモアン東京」を設立します。
直美さん 起業の手続きや、酒販免許の取得など分からないことだらけでした。大変だったけど、そんな相談を友人やご近所さん、そして朝カフェでもしていました。自分の家が賃貸だから登記する場所が無くて困っていた時は、ラジオ体操の仲間が、自分の家屋はどうかな?って提案してくれたんです。
環境のこともずっと気になっていた直美さん。何かやりたいと思いながらも、なかなか行動には移せずにいました。それでも…。
大好きな三鷹で環境に取り組みたい、まちづくり研究員として三鷹市へ政策提案
直美さん シリルのワインは光、水、土壌や地質、そして適度な温度という、ぶどうにとってテロワール(環境)がとても大事なんです。それは人も同じで、自然や地球の恩恵を受けて生きています。知識も得て、ナチュラルワインを通して同じテーマに関心を持つ人とのつながりは増えましたが、社会全体で見ると、日本は農薬や輸入小麦の規制が緩くて食が脅かされていたり、農地と農家さんも減少し続けて食料自給率が低かったりと、多くの問題を抱えているんです。人が温かくて大好きになった三鷹のまち…。私がまちや住む人たちに何かできることはないかなって、ずっと考えていました。それで、ラジオ体操にも来てくれたことがある河村市長と意見交換できる機会を得たので、仲間や有識者とともに会いに行きました。その時は学校給食の有機化や、三鷹でも小麦を育てられるんじゃないかなど、さまざまな意見が出ました。でも、私は何から手をつけていいのか分かりませんでした。そしたら仲間の一人が、自然と調和した「みたかのまちの未来像」を描いてくれたんです。それを市の方に見せたら共感してもらえて、市長が所長を務める「三鷹市まちづくり研究所」の「まちづくり研究員」に応募したらどうかって。それは、市民が論文にまとめた調査研究を政策として三鷹市に提案できるものだったので、思い切ってグループで応募することにしたんです。
── こうして、直美さんたちは2020年度のまちづくり研究員として調査・研究をはじめます。まずは実践してみようと、それぞれの家で小麦を育ててみることに。無農薬野菜を栽培する吉田農園さんから土を、NPO法人のメダカの学校さんからは固定種の種をいただいて、バルコニーのプランターで育てて小麦を収穫、粉にしてベーグルにしていただきました。その後、三鷹で唯一の農業法人・三鷹ファームさんで小麦を栽培していることを知り、話を聞きに行くと…。
直美さん 当時、三鷹ファームさんは、小ロットで製粉をお願いできる加工場が近くにないか探していました。それをSNSで呟いたら、「うちの旦那がやっています」と、返事があったんです。それが三鷹にある株式会社ティーフォースさんで、野菜、果物を瞬間的に乾燥粉砕するターボドライシステムという技術の試作機を使わせてもらえることになりました。三鷹ファームさんに小麦の栽培について話を聞きに行ったとき、ティーフォースさんを紹介しました。結果、三鷹産の小麦を三鷹で粉(全粒粉)にできたんです。全粒粉は栄養価が高く、そんな粉が三鷹で生まれたことを、つながりがある飲食店にウキウキしながら話しすと、“使いたい”と言ってくれて。こうして、農業、工業、飲食業が三鷹で循環するモデルができたんです!
── まちづくり研究員の調査研究は三鷹ネットワーク大学運営のもと、一年かけて大学の先生などの助言をいただきながら進みました。すると、三鷹市の学校給食は近隣他市と比べても地場農産物の使用率が低く、食材の安全性の取り組みも少ないことが分かりました。
直美さんたちは使用食材を有機にできたらと思いつつも、まずはそんな三鷹市の状況を市に知ってもらい、市内農産物の使用率を上げていく環境を整えていくことが、その後につながっていくと考えました。日本各地で進む事例の紹介や、そのための自治基盤の大切さなどを示した提案は実り、少しずつ変化が表れていきます。
ローカライゼーションの力、三鷹市内の学校給食の市内産農産物の使用率が2年で2倍へ
直美さん 市に提案論文を提出した後、ICU教授をはじめ、農家さん、栄養士さん、学校給食部会、JA、東京都農業会議、教育委員会、市の生活環境部都市農業担当、そしてまちづくり研究員1期生の私(市民)といった様々な立場の人が集まって、都市農業のこれからを考える「持続可能な都市農業に向けた研究会」という分科会ができました。そこでいろいろな検討がされた結果、学校給食の市内産農産物の使用率は論文で調査した2020年度は7.9%だったんですが、2022年度には17.1%までアップしたんです。はじめに市長から「実現できないと思うことでも、とにかく言ってみてほしい。とがった意見をぜひ」と言っていただけたから、仲間と相談しながら各市の参考になりそうな事例などを伝えてきました。そんな意見を、会のまとめ役である三鷹市の農業委員会事務局長の塚本さんがうまく集約してくれて、異例の6ヵ月弱というスピードで予算もついて、すごい勢いで進みました。この動きは本当に奇跡的だと思います。
いつも思うのですが、私のような市民の意見を聞いて、市政に活かしてくれる懐の深い行政や、温かい人の多い三鷹はポテンシャルの高いまちで、すごいなぁ~って思います。そして、自分がそんな素敵な三鷹のまちの市民であることを誇りに思っています。
── 三鷹市への提案が一段落した直美さん。これまで地域活動に力をいれてきましたが、これからしばらくは、もう一つの夢に向かうことを考えています。
新たなチャレンジ、農福連携のまちづくりの夢
直美さん 2018年4月、勤務先で障害者支援担当になりました。私なりに向き合ってはきたけれど、突然のことだったので知識の無さや、落とし込めていない事を感じていました。それで今は、社会福祉士の資格を取ろうと決めて学校に通い、勉強をがんばっているところです。最後の学校での勉強になると思うのですが、女子栄養大学で学んだ時のように、きっとここで得た知識がまた別のカタチで三鷹のまちへ貢献できる糧になっていく…そう確信しています。
── 社会福祉士資格の勉強は19科目と幅広く、就業後の通学はしんどいそう。それでも…。
直美さん 実際にソーシャルワーカー(社会福祉士)の勉強をはじめてみて、内容を知れば知るほど、実は私が無意識に地域活動で実践していた“自分が喜ぶやりたかったこと”でした。地域に戻った時に、みんなが幸せに生きていくのは共通のテーマだと思うし、それを都市農業に繋げていけたらいいなって。そんな“農福連携のまちづくり”は私の夢の一つで、その扉が目の前に開いている気がしています。
地域に出て、自由に生きられるようになった
直美さん 実は私は幼少期、母が働きながらほぼ一人で4人の子どもを育てていたこともあって、親や周りから認められたり褒められたりすることがありませんでした。また、酒乱の義父からのDVに怯えて常に思考停止状態で、今考えてもほんとに自尊心や自己肯定感が低い子どもでした。それでも、社会に出たら素晴らしい方々と出会えて、寛容に受け止めて、必要としてもらえる機会をいただきました。強要されることもあまり無く、関わる方々の背中を見ながら育ててもらいました。私のありのままを認めて愛してくれるシリルとの出会いもありました。また地域に出てみたら、思っていることや感じていることを声にしても良い場所を見つけることができて、一人でなんでもできなくてもいいということも教えてもらいました。おかげで今は、こんなにも自分の心が解放されて、毎日幸せを感じて生きられるようになりました。
直美さん 昔の私があるから、今の幸せを感じられるし、その振れ幅が大きいほど、大きな喜びを得られる気がしています。世の中には私と同じような境遇や、もっとつらい思いをして暮らしている人たちがいます。そんな方に、なんとなくでも寄り添って、私の知っていることでお役に立てそうなことや、つながりを紹介できたら、きっとその方も自分で気がついて立ち上がって、輝いて生きて行けるようになるんじゃないかって。私でも見つけられたのだから、きっとみなさんも見つけられるはずです。そして、そのきっかけはラジオ体操のような活動の中にある気がしています。ゆるやかにつながれて、自分に、人に、社会に、少しずつ良いことができる。一人ひとりにやれることがあって、それを”いいね!”って応援してもらえるから、少しずつ素晴らしい役割を担っていける。そうやって人が輝く場が広がってくれたら嬉しいし、私もできることをして楽しみながら、毎日を心地よく過ごしていきたいと思っています。
Writer
眞弓英和
個や団体、国や思想など、それぞれに想いや取り組みがあって。人だけじゃなくて生き物や、認識できない次元にも世界があって。そういう関係を大事にして重ねていきながら、大きな物語を描いていけたらいいな、幸せな方向へと向かえたらいいなと思っています。
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