もりのきこぽぅ

あたたかな「ぽぅ」でいっぱいの

いい生活があって、いい祭がある。祭からたどり着いた発酵の力で、人、地域、自然のいい循環を生み出していきたい – 麹らぁめん 田祭木店主 田中みつるさん

もりの人に聞いてみた vol.08

麹らぁめん 田祭木店主 田中みつるさんいい生活があって、いい祭がある。祭からたどり着いた発酵の力で、人、地域、自然のいい循環を生み出していきたい

執筆:五十嵐はるか / 取材・写真:眞弓英和

京王井の頭線三鷹台駅を出ると、すぐ目に飛び込む味わいのある黒い建物が、“発酵系ラーメン”を提供する『麹らぁめん 田祭木たまき』。“たまき”と呼ぶ店の名前は、循環の「たまき」の当て字。“祭”が大好きな店主の田中みつるさんは、“祭”から“発酵”にたどり着いたそうですが、いったい、どんなつながりがあったのでしょう。田中さんにお話をうかがいました。

高揚と一体感、盆踊りは町を元気にする!

田中さん 僕は奈良県で育ちました。子どものころは町の魅力がわからず、早く出たい気持ちが強かったですね。23歳のとき、原付きバイクで近畿地方を一周したり、奈良から九州、四国へ走ったりしました。徳島で阿波踊りを見ましたが、そのときは「ふ~ん」という感じ。今ではすっかり祭の沼にはまっていますが、子どものころは、盆踊りで似たような浴衣を着て同じように踊る様子を、こわいと思いながら見ていました。

── 20代から、アメリカやヨーロッパ、アジアを旅するようになった田中さん。30代を目前に1年間、タイのレストランで働きながら、カレー風味のラーメン・カオソーイの作り方を学びます。
2004年に帰国すると、西荻窪でタイ料理『井の頭ナムチャイ』を開業。2008年、三鷹台に移転し、カオソーイも提供する『ラーメン ナムチャイ』を、2011年には2店舗目であり、現在の田祭木の前身となる『麺処 ほんわか』をオープンしました。

ラーメン ナムチャイ
三鷹台に移転したころの『ラーメン ナムチャイ

田中さん 三鷹台に移ってから、町で良いことができたらいいな、商店街のなかで動けたらいいなという思いで町に関わりはじめて、三鷹台にも夏は盆踊り、秋はお神輿みこしという季節の祭があるのを知ったのも、このころでした(笑)。

それから東日本大震災が起きて、若いころに阪神大震災を経験していたこともあったので、町を元気にするにはどうしたらいいかを考えたときに浮かんだのが、みんなで踊って楽しい盆踊りだったんです。それでいろいろ検索してみたら、高円寺の阿波踊りを見つけて行ってみることにしました。これが、僕が祭にどっぷりはまったきっかけになったんです。

新川・中原地域のあおやぎ公園盆踊り大会
はじまりは三鷹台の盆踊りでした。写真は新川・中原地域のあおやぎ公園盆踊り大会
三鷹台にもお神輿があります。田祭木の前も通り道

いい生活があって、いい祭があった

── 田中さんは、全国の盆踊りについて調べ始めました。初めて東京高円寺阿波おどりを見たときは、「魂のたぎりを目の当たりにした」そう。その勢いにのって、すみだ錦糸町河内音頭大盆踊りにも足を運び、その後は、日本三大祭のひとつ、岐阜県郡上市八幡町の郡上踊りなど、各地の祭を視察するようになりました。

田中さん 音頭の歴史も面白くて、日本人はなんでも歌にします。地域ごとに歌詞やリズムが変わったり、井の頭の1丁目と2丁目でも、同じ井の頭音頭でも少し違うんですよ。盆踊りは老若男女、たて列・よこ列、輪になって、振り付けが難しくないから、みんなが楽しく踊れて、一周するごとに、だんだん高揚が増して良い気が上がっていく。服装や振り付けなどの小さなルールがあることによって、町のみんなとのまとまりがあるんですよね。知るほどに、すごくいいなと感じました。

そんなふうに最初のころは、踊って楽しい祭が好きだったんです。でも次第に、いい生活があって、いい祭があるんだと考えるようになりました。生活に密着した祭があることを知ったんですね。たとえば、豊作を祈る「虫送り」は、田植えを終えた休みの日に行い、次の収穫に備えるもので、一年という暮らしの中に“ハレ”と“ケ”があるんです。祭のような「非日常(ハレ)」は、普段の生活である「日常(ケ)」があるから成り立っていて、自炊したり、いい野菜を食べたり、命をいただくことに向き合う生活も大事なんだって…。あるとき、踊りながらそう思ったんです。

── 「ハレとケ」という言葉は、日本人の伝統的な世界観のひとつで、普段通りの日常を「ケの日」、祭礼や年中行事などを行う日を「ハレの日」と呼び、日常と非日常を使い分けてきました。その世界観は、田中さんがこれまで見ていた日常に、大きな影響を与えました。

十津川の大踊
「僕の地元、奈良県の『十津川の大踊』は、室町時代からはじまった800年も変わらない盆踊り。国指定の無形民俗文化財にもなっています。ご先祖様がどのように音と踊りで表現したのか、映像で眺めることもできますよ」
東京高円寺阿波おどり
「『東京高円寺阿波おどり』は、日本を代表する祭。僕の踊りを見たちびっこから『僕も阿波踊りやりたい!』って言ってもらえたことが最高のメモリー」

“普段の生活”と、“祭”を作り上げていく過程が、微生物によって新たなものを生み出す“発酵”とピタッとはまった

田中さん 祭で踊りを続けながら、普段の生活や食にも目を向けるようになると、発酵のある暮らしがあることを知りました。そこから微生物の世界を知って、神様の概念や死生観が変わりました。

たとえば、人の腸内には100兆個の微生物がいて、1.5kgになるそう。それに対して人間の細胞は37兆個で、そのうちの26兆個は赤血球で、作られては無くなっていく源泉かけ流しのようなもの。地球と人の大きさの割合は、人と微生物の大きさの割合ともいわれています。地球からしたら人は微生物みたいなもので、人が生きる100年も、地球からすると一瞬なんです。人間も微生物が住む環境の一部でしかないのかなって考えるようになりました。

それで、みんなと輪になって踊るのが楽しい自分を振り返ってみたら、おなかの中にいる100兆個以上の細菌も喜んでいる気がするし、踊る中で感じるふわ~っとした高揚は、きっと体内の微生物も感じているはず。普段から地域で支え合う生活と、そこからみんなで協力して作り上げていく祭。それは菌によって醸されて新しいものができていく“発酵”の過程と同じだと思うし、僕が祭で踊って来た人生と、ピタッとフィットしたんです。

発酵に興味を持ちはじめる前にも、鎌倉イマジン盆踊り部が、『発酵盆唄はっこうぼんうた』という歌と踊りを作っていて、踊っているのを知っていました。それで話してみたら、盆踊りのようにみんなで作り上げていく過程は、麹とかを醸したときのパチパチパチッと鳴る音と重なると言っていて、僕もなんか分かるって答えました。

── 祭から発酵へたどり着いた田中さんでしたが、2019年、祭のあり方に違和感が生じます。

田中さん 祭に目覚めたときは、だれもが盆踊りを踊ったら世の中はうまくまわると思っていました。でも、2019年には昔からある祭ではなく、盆踊りナイトみたいなイベントや、連や祭の数も増えて、僕もあちこちに参加するのが疲れちゃって。ひしめき合いながら踊る人たちを見ていたら、“こんな状態で踊って楽しいのかな?”と。そんなモヤモヤを抱えていたら、世界でコロナ感染症が大流行して、全国で祭は中止になっていきました。

当たり前の日常は当たり前ではなかった。
震災、コロナ、大ケガ…経験してついた決心

── 田中さんは2018年から月1回のペースで、発酵させた出汁を使った発酵系ラーメンの提供を開始し、新たなチャレンジに向けて歩みを進めていました。しかし2020年に入り、コロナ感染症によって店の客足が途絶えると、苦しい経営により「つぶれたような店」を支える日々が続きます。さらに4月には、埼玉県奥秩父の両神山りょうかみさんの登山中に滑落し、病院に運ばれて手術することに。術後はお店のこともあるので長期の入院をこばみ、すぐに退院したそう。

田中さん 世間はステイホームになっていったころでしたが、半年以上、松葉づえ生活を送りながら店を続けました。不自由な生活の中、これまで当たり前に思っていた日常が、当たり前じゃなかったことを痛感して…。それでも、人の優しさにも触れて、次第に“働くなら社会に良いことをしていきたい”という気持ちが強くなり、もうここまできたらと開き直って、発酵系ラーメンをメインに提供する決心がつきました。

無化調無添加無着色の手づくりで、3か月間自然発酵した自家製魚汁(いしる)を使うなど、さまざまな発酵法を駆使して美味しさを追求

このとき、自然農法やSDGs、微生物など、いろいろなジャンルの本を読みました。地球にとって、人が調子を整える良い働きをするのか、破壊する悪い働きをするのか…。残りの人生、僕は店をやりながら地球の一部として動いていこうと決めたんです。

── 2021年10月、『麺処 ほんわか』を、“発酵・腸活・手作り・地産地消”をコンセプトにした『麹らぁめん 田祭木』にリニューアルオープン。三鷹産の小麦や野菜を使い、さまざまな発酵の技術を駆使して作られた麹ラーメンは、腸から体を元気にしてくれます。

“楽しく・続ける・コラボする”
発酵で元気になってもらい、いい循環を生み出していきたい

田中さん 発酵で元気になってもらい、いい循環を生み出していきたいという思いがあるけど、思いが先行し過ぎないように、まずは、“楽しく・続ける・コラボする”を大事にしています。

スタッフ発案のにんにくを発酵させた“黒にんにく”は、三鷹の農家さんから仕入れています。三鷹市ふるさと納税の返礼品にもしてもらいました。盆踊りの仲間と黒にんにくのテーマソング、『福の粒音頭(黒にんにく音頭)』も作ったんですよ。黒にんにくの音頭はまだなかったので、日本初です。

あと、田祭木のラーメンにつける小鉢の中身には、三鷹産の野菜を個人宅配する『やさい日和』さんが仕入れた有機栽培・低農薬の野菜を使用しています。こんなふうに、大きな規模ではなくて小さな規模でできることを、いろいろな方々とつながってコラボしていきたいと考えています。そしてまた、祭ができたらいいな、と。結局、祭に行きつくんですけどね(笑)。

田祭木
お店の改装も三鷹台の地域の工務店とコラボしました
黒にんにく
黒にんにくは、お店の前の自動販売機から、いつでもお買い求めいただけます

ラーメン、にんにくに続いて、竹の発酵に挑戦

── 思ったことや考えを確かめるように、言葉をたぐりよせて話す田中さん。笑うと目じりにキュッと走る数本の笑いじわは、自分の正直な気持ちにスポットを当ててワクワクしながら新しい道を切り開いてきた軌跡のようです。今、田中さんが未来につなげた新たな道は、出汁、黒にんにくに続く竹の発酵。田中さんがカオソーイの修行をしたタイでは、竹は豊富な資源として活用されていました。日本では竹の活用の可能性はまだまだこれからの段階で、三鷹においても課題となっている放置竹林を利活用して、“循環”する社会を後押しする事業化に取り組んでいます。

三鷹台で竹林整備
三鷹台で竹林整備
採れた幼竹で国産メンマ作りに挑戦
採れた幼竹で国産メンマ作りに挑戦

田中さん メンマって乳酸発酵でつくられる発酵食品なんです。うちのラーメンにはメンマが乗っていませんから、まずは三鷹市北野の竹をメンマにすることから考えています。それに竹は1時間に2㎝も伸びるほど成長が早いから、管理は一人や二人では太刀打ちできません。収穫したり加工したりという工程を多くの人々が連携して行う必要があります。その連携の輪を、いずれは地域の方々とともに広げていけたらいいですね。

Writer

五十嵐はるか

編集者。主に育児を中心とした生活や健康、社会活動の取材・執筆、絵本制作に携わる。

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