もりのきこぽぅ

あたたかな「ぽぅ」でいっぱいの

BAL Bocca店長 鈴木康一さん – 良い食材だから料理人の腕が出ないほうがいい。まずは食べてもらって、いろんな美味しさがあることを知ってもらえたら

もりの人に聞いてみた vol.05

BAL Bocca店長 鈴木康一さん良い食材は料理人の腕が出ない方がいい。まずは食べてもらって、いろんな美味しさがあることを知ってもらえたら

取材・執筆・写真:眞弓英和

吉祥寺外れの天邪鬼な居酒屋 Boccaといえば無角和牛!
黒毛和牛は有名ですよね。これは「黒毛和種」とよばれる品種で、日本の和牛全体の飼育数の90%を占めています。その他の種類に「褐毛和種」「日本短角種」「無角和種」の3つがあって、その中でもBoccaで扱う無角和牛(無角和種)は、山口県のみで飼育される、200頭ほどしかい希少な和牛で、全体の飼育数からみるとわずか0.01%!
そんな無角和牛を食べられるのが、関東だとたぶんここだけ…

無角和牛のさらっとした赤身ならではの味わい方

黒毛和牛以外はみんな赤身系で、無角和牛もそう。くどくなくて、もたれるお肉では無いんです。脂もさらっとしていて、ヨーロッパでは、美味しいと言ってもらえるお肉だと思います。

── そう語るのはBAL Boccaの店長、鈴木康一さん。康一さんは薫製やからすみも手作りしていて、その温度管理のために、冬でも暖房をたかずに暮らすGOODVIBESな人。

無角牛のステーキ
無角牛のステーキ

康一さん 牛は成長するほど野性味が出てくるから、フランスだと柔らかくて臭みがない子牛が好まれる。その良いとこどりが無角和牛で、成長してもバランスが良くて、コクもあるんですよ。無角和牛は海外にも自慢できる、本当に美味しいお肉なんだけど、日本の肉食文化では、まだまだ日が浅いこともあって。黒毛和牛や霜降りのブランディングがとてもうまかったから、美味しいお肉は柔らかくて甘い…そんな認識が一般的だと思います。でも海外だと、噛んだ時の味わいや、ワインと一緒に楽しむことが前提だったりするから味覚が少し違っていて、無角和牛はそういう楽しみ方ができるんです。

── Boccaでは前回の記事で紹介した、ルモアン東京のナチュラルワインも楽しめます。取り扱うワイナリーは他にもあって、例えば、イタリアのワインはオーガニック認定をとっていないだけで、ほぼナチュールといえるのだそう。

康一さん 認定がなくても良いワインはあるから、ナチュールだから良いんだよって伝え方はしたくないんです。美味しいから取り扱うし、いろんな選択肢があることを知って欲しい。

ルモアン東京のナチュラルワインと一緒に
ルモアン東京のナチュラルワインと一緒に楽しむ

康一さん うちでは無角和牛の美味しさを引き出すために、オイルバスっていって、オイルの中でゆっくり火を入れて、最後に焼き色を入れるようにしています。塊をゆっくり焼くから、だいたい40〜50分はかかります。

── オイルバスのオイルは何を使っているのか聞いてみると…。

「オイルは牛脂です。うちでは無角和牛を毎月、半頭で仕入れているけど、肉として焼ける部分ってほんとに一部なんです。焼けない筋とか脂もたくさんあって、それをきれいにトリミングして、筋だったらスープやラザニア、コロッケとかに使うし、脂もオイルとして無駄なく使っていきます」

無角和牛は飼育環境にも違いがあって、それが安定した質と美味しさにつながっているのだそう。

康一さん 無角和牛って、飼育で出る糞尿も堆肥として地域の農業に還元されていて、食べる草を作るのにもその堆肥が使われています。それに、一般的な食肉用の子牛は生まれたらすぐにお母さんから引き離されて飼育されるけど、無角和牛の場合は何ヶ月かはお母さんと一緒にいさせてもらえて、耕作放棄地への放牧なんかもしています。育つ環境って味に出るし、そうした配慮も安定した質につながっていると思います。霜降り肉のことを詳しくは知らない人もいると思うけど、あの肉質って栄養を偏らせて病気に追いやるような飼育をするからできているんです。その影響で失明する牛も多くいるし、その肉を食べて健康になれるとは考えにくいですよね。

無角牛の生ハム
無角牛の生ハム
タカノハダイ
時期と鮮度、適切な処理を施したタカノハダイ

康一さん ちなみにEUは、昔からアメリカ産の牛肉の輸入を禁止しています。これは牛の成長を早めるために使用される肥育ホルモン剤の投与が、人間の健康を害するリスクがあると懸念されているからだけど、日本では全く規制されずに流通しています。自分たちの命に関わることなのに、ヨーロッパとは違って効率が重視され、消費者と一次産業の距離も離れてしまっているのでが現状です。なんでこんなに安いのか、その素性を知らない人が多いように感じます。このままだと日本の農や食文化が終わってしまうし、もっと子どもの頃から美味しい食材に触れて、その背景を知ってもらいたい。それには日本の制度も根本的に変わっていく必要があると感じています。

美味しいと感じた食材をつくっていたのは、オーガニックや古来種のタネをつないでいる生産者さんたちだった

康一さん うちもはじめからオーガニック中心ってわけじゃなかった。はじめはただ、美味しい食材を探し求めていたんです。でも、美味しいと感じる食材や生産者さんに出会えても、売ってくださいとお願いして売ってもらえるものではないから、何でこんなに美味しいんだろう、何が違うんだろうって、その人たちが大事にしていることを、ちゃんと話ができるようになりたいと思って勉強しました。そこから、オーガニックや古来種野菜にこだわるようになって、無角和牛も生産者さんにつなげてもらいました。

八百屋と考えるオーガニック
『八百屋と考えるオーガニック』
古来種野菜を食べてください。
『古来種野菜を食べてください。』

康一さん 野菜は、古来種野菜だけを扱う八百屋、warmerwarmer(ウォーマーウォーマー)さんにもお世話になっています。代表の高橋さんは、もともとはレストランKIHACHIのコックをしていた方なんですが、大手の流通にはのらないような、うちらも知らない品種の野菜もいっぱい届きます(笑)。うちでは届いた食材からメニューを考えるから、グランドメニューというのはなくて、どう料理したら美味しくなるかなって、考えて黒板に書き出しています。

一期一会の旬の食材とメニューが並ぶ黒板
一期一会の旬の食材とメニューが並ぶ黒板

康一さん オーガニックって、思うように収穫できない地味なシーズンもままあるし、収穫できる時期も決まっています。それをお客さんに伝えていくのも大事だから、冬にトマトが食べたいって言ってくださるお客さんもいるんですけど、うちではトマトは夏野菜だから、夏まで待ってくださいって伝えるんですよ(笑)。

トマトといえば、三鷹の無農薬野菜の吉田農園さんがつくるアーミッシュトマトは美味しいですよ。アメリカのアーミッシュ村は、電気はほとんど使わない、自給自足の昔ながらの暮らしを営む人たちの集落です。そこの品種であるアーミッシュトマトでつくるシンプルなトマトのスパゲッティは、俺がもっとも好きなパスタです。吉田農園さんはいろんな野菜にチャレンジされていて、マニアックな品種も多いですし、三鷹には自然食品を扱うやさい村さんもいます。そういう場所ともつながることで、点を面にしながら広げていきたいです。

── 素材を活かしたシンプルな味付けが魅力なBocca。そのコンセプトは少しずつ変わってきたそう…。

シンプルなアーミッシュトマトのスパゲッティ
シンプルなアーミッシュトマトのスパゲッティ
アーティチョーク
千葉から届いたアーティチョーク

良い食材だから料理人の腕を出さない

康一さん 料理や味に正解は無いと思うけど、うちでは食材を追求するうちに、無国籍のシンプルな家庭料理に行き着きました。リストランテと呼ばれるようなコースでやっていた時期もあったし、良くないなって感じる食材の場合には、料理人として腕でカバーすることもあります。でも、だんだん食べたいなって思うのが家庭料理に変わってきて、良い食材は料理人の腕が出ない方が、食材が持つポテンシャルが活きると考えるようになりました。だからいまは、要素を最小限に抑えて、料理人の腕を出さない、シンプルな家庭料理を意識しています。

個性豊かなオリーブオイルの世界

康一さん オリーブオイルも面白いですよ。オリーブオイルって、だいたいボトリングするところが儲かる仕組みになっているんですが、その流れを農家さんにもお金が入ってくるように変えようって、イタリアのシチリア島で、セドリックというフランス人が取り組んでいます。オリーブってワインと同じで樹の品種がいっぱいあって、作り手さんによっても味が違ってくる。実をつけるには違う品種を混作するのが効果的だから、ボトリングもそのままいろんな品種でまとめてしまうのが一般的。でも、セドリックはまとめないで単一種でボトリングして、毎年、選定しながらバランスを考えてリリースしています。どれも個性があって、中には樹齢400年のオリーブもある。古くなると実をつけるのも遅くなるし、取れる量も少なくなるから効率は悪いけど、味わいは深くなって、より凝縮したオリーブオイルになります。野菜では負けちゃうので、肉とかチョコとかに合う感じです。日本だとオリーブオイルを品種で使い分けるってことはしないけど、日本人が醤油を使い分けるのと同じ感覚なんでしょうね。

── Boccaでは毎年、セドリックが選定したオリーブオイルのテイスティングと、シチリア料理やワインをテーマにした催しも開かれています。

オリーブオイルのテイスティング
オリーブオイルのテイスティング
マカジキのスモークハムサラダ
マカジキのスモークハムサラダ

まずは食べてもらって、違いと美味しさを感じて欲しい

康一さん これだけ多様性の世界って言われているけど、いまの食材の多くはそうでも無い。本当は違いがあるから面白いし、難しいことも知ってもらいたいという気持ちはあります。けれど、やっぱり俺は職人だから、まずは食べてもらって、その違いを感じて欲しいんです。認定がなくても美味しい食材はあるし、選択肢は狭めたくないから、うちでは全てオーガニックという言い方はしていません。本当に美味しいと感じた食材だけを選んでいるから、食べたらきっと“なんでこんなに美味しいの?”って、知りたくなると思うんです。そんなふうに感じてもらって、いろいろと尋ねてもらえたら嬉しいですね。

Writer

眞弓英和

個や団体、国や思想など、それぞれに想いや取り組みがあって。人だけじゃなくて生き物や、認識できない次元にも世界があって。そういう関係を大事にして重ねていきながら、大きな物語を描いていけたらいいな、幸せな方向へと向かえたらいいなと思っています。

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