もりのきこぽぅ

あたたかな「ぽぅ」でいっぱいの

意外な組み合わせから生まれる新しい味の発見。欲張らず、心に余裕をもって料理に向き合う働き方 – ヤマネコロッヂ店主 戸栗直美さん

もりの人に聞いてみた vol.09

ヤマネコロッヂ店主 戸栗直美さん意外な組み合わせから生まれる新しい味の発見。欲張らず、心に余裕をもって料理に向き合う働き方

取材・執筆:五十嵐はるか / 写真:眞弓英和

吉祥寺駅北口からバス通りをてくてく歩いておよそ15分。武蔵野市から練馬区に入った細い歩道には、5坪にも満たない数件の飲食店が長屋のように並びます。そのうちの一件が、今年3月末にオープンしたヤマネコロッヂ。オーナーで料理人の戸栗直美さんが作る鮮やかなプレートランチは、まるでテーマパークのようです。見た目と香りにわくわく、一口食べれば、ふわ~っと体の中がほぐれていくのを感じる戸栗さんの手料理。こんなにもゆるんで安心できるごはんを、どうしたら作ることができるのでしょう?

『諸国空想料理店KuuKuuクゥクゥ』の仲間と共に料理と向き合い、驚きの日々を過ごす

戸栗さん 20代までは食べるものはなんでもいいや~というくらい、料理にはまったく興味がありませんでした。でも、吉祥寺にあった『諸国空想料理店KuuKuu』(2003年閉店。以下KuuKuu)は、お店の雰囲気も料理も一番好きなレストランでよく通っていたんです。アフリカ、アジア…いろいろな国の料理を日本人に合うようにアレンジしていて、和食も入っているし、そんなミックスの感じがすごく好きでした。仕事を辞めた26歳のとき、ここで働きたいかもと思って店に聞いてみたら、たまたま空きがあって。私が料理の世界に入ったのは、そのときからです。

KuuKuuに入って、料理はおもしろいな、と思いました。新しい料理を決めるときは、スタッフみんなで意見を出し合って作って食べるのも楽しいなって。1ヵ月間程度、旅に出てもよくて、その間は残ったスタッフでシフトの埋め合わせをしていました。それで、帰国したスタッフは、こんな料理があったよ、と教えてくれたりして。そんな自由な雰囲気に、食のこんな世界があるんだー! って驚きました。

── 2005年、戸栗さんは山梨県甲府市に移住してアジア料理店を開きます。自然に囲まれ、農地がたくさんある環境の中で、食材との向き合い方も変わっていきました。

戸栗さん 山梨に移ってからは、野菜に関してはスーパーで買わなくなって、直接、農家さんから買うようになりました。やっぱりおいしくて新鮮ですし、太陽をいっぱい浴びているので日持ちもします。例えばレタスだと、スーパーで買うと冷蔵庫に入れて3日程度ですが、農家さんで購入した野菜は、だいたいその倍は長持ちするんです。今も山梨には時々行っていて、直売所に向かうと野菜が元気だなって思うし、そのときの季節の旬の食材がおいしいんです。

── 山梨では「こういうのが好き」と発信すると、同じ興味関心を持った人たちが必然的に集まる環境でした。そのため生産者と料理人が交流しやすく、農家さんから直接買うようになったのは自然な流れでした。

戸栗さん 収穫祭では、みんなでご飯を作っていっしょに食べたりしていました。東京ではそんなこともしないし、なかなか生産者とも知り合えないんですよね。それに、東京はお店が多いからなかなか行けないけど、山梨では“来てもらったから次行きますね”って、時間をおかずに会うから、すぐ知り合いになれるんです。そうしながら、その周囲の人たちとも知り合いになっていく。私には、その関係性の輪がすごく面白かったんです。ずっと東京に住んでいたから、こういう付き合い方もあるんだなって。

収穫祭のほかに、手伝いで稲を植えに行ったり味噌を作ったりもしていました。味噌づくりは東京ではしていなかったし、初めて経験することがたくさんありました。時間に余裕が生まれたので、野菜を干してそれを使ったり、調理に時間がかかる料理もできるようになったりしていきましたね。

味噌づくり
山梨県白洲町の農家さんで行われた味噌づくり。大きな窯で、赤味噌と白味噌の2種類を作っていました。「帰るときには、昨年作ったお味噌や大豆、野菜などをお土産でいただいていました」(戸栗さん)

戸栗さん また、無肥料無農薬で野菜を作っている農家の友人も多かったし、実際においしくて、顔がわかっている農家さんの野菜だから絶対に無駄にはしたくないなって。手作りの調味料や旬の食材など料理との向き合い方がまた、少しずつ変わっていきました。

── 2019年ころから、戸栗さんは山梨県の御坂町にあるリノベーションした古民家で美容師と雑貨を扱う友人のお店『パモニルパフ』に加わり、『パモニルパフプラスヤマネコヤ』で料理の提供を開始します。

戸栗さん ものごとを考えだしたら深堀りしちゃうので、屋号は思いついたままに付けました。私は猫が大好きで山梨にいるから、『ヤマネコヤ』でいいかなと。だから宮沢賢治とは関係ありません(笑)。3年ほど、友人とお店をしていたんですが、そのころから山梨と三鷹市の実家を行き来するようにもなっていました。でも、コロナが大流行してから、私は料理を作るし、自分がもし山梨にコロナを持ち込んでしまったら…と気になってしまい、なかなか戻りにくくなっちゃって。他にも、知り合いのお店を手伝っていたんですが、自分の料理ではないし、山梨と縁ができたので、山梨の野菜を売るとか何かしらの活動をしていく場所が欲しいなって思うようになり、物件を探しはじめました。

干し野菜
「山梨に移住してから時間ができたので、お店の裏では、たくさんの野菜を干していました。毎回、おいしくなるように願いながら、カレーを作っていましたね」(戸栗さん)

長く飲食をやってきて、少しずつ分かってきた
心の余裕と自分の好きな料理

── 昨年12月、不動産検索が得意な友人から、今の物件情報が届きました。それからオープンまでは、山梨の家を引き払い、引っ越し、お店の工事…と怒涛の日々。店名は、山登りが趣味ということもあって、「ヤマネコ」に山小屋の意味を加えた『ヤマネコロッヂ』に決めました。

ヤマネコロッジ
友達がデザインしてくれたロゴは、ラフな手書き感がお気に入り

戸栗さん 自分のこともお店のことも、もうダッシュでしたね(笑)。店内の内装は山梨の知り合いの工務店さんにお願いして、何度も東京に足を運んでいただきました。

今から新たにお店を開くことに対して、大丈夫? と声をかけてくれる友人もいましたが、ここに決めたのは、駅から離れている場所でもあるし、15年間山梨で暮らしたことも踏まえて、家賃のために頑張ってこなす飲食はもう嫌だなって思ったからなんです。

それと、KuuKuuのマスターだった南椌椌みなみくうくうさん(現在は、吉祥寺のカレー専門店『まめ蔵』のオーナー)の存在も大きいですね。マスターは、空間や人を大切にする方で、長くいるスタッフの賃金を上げてくれたりしていました。みんな居心地がいいから、長く勤めるんですよね。

でもある日、店を閉めるとなったときのマスターの理由が、「ちょうちょが飛んできて『もう店やめていいよ』って言われたから、おれ、店をやめることにした』って! 私も、ちょうちょか~。ちょうちょに言われたら辞めるしかないよね~って(笑)。マスターが言うと、みんなが自然と納得しちゃうんですよね。

マスターみたいに、私も自分にあったやり方でできる環境を整えていきたいんです。だから今は、お店のことも考えつつ、山登りとかプライベートの時間も大切にしたい。欲張らず、心の余裕を大事にしていきたいな、と思っています。

戸栗さん あと、長く飲食をやってきて、自分の好きな料理や、味や感覚がわかってきました。この道に進むきっかけとなったKuuKuuで、いろんな国の料理に出合い、それらをミックスしてアレンジしていく中で、意外性を感じる食材の組み合わせが好きになりました。この食材と何を合わせようか、どういう料理をしようかって組み合わせた結果、それがおいしければいいのかなって思っています。ワンプレートの中に、サラダ、お惣菜、メインがあって、そのメインがアジア系だったとしても、その横に切干大根や煮物があったりして、一皿でいろんなジャンルの要素を食べてほしいです。以前は、エスニックならそれだけをのせたプレートでしたが、そういう料理を食べているときにも、ちょっと煮物が食べられたらいいですよね。食べるほうも楽しいし、私も作っていて楽しい。そんな感じが好きなんです。

日替わりワンプレート
いろんなジャンルの料理が詰まった日替わりワンプレート

あとね、私、色ものも好きです。山梨に行ってから、いろんな色の野菜があることを知りました。東京のスーパーでは、キュウリだったら緑とか定番的な色の野菜が多いけど、山梨で出合った野菜は大根にしても紫があったり赤があったり、すごくきれい! それらをうまく料理して使いたいなーと思っています。

── オープンしてから1ヵ月がたちました。今は知り合いの来店が多く、「これからは徐々に地域の方とも知り合っていけたらいいな」と戸栗さん。仕入れた山梨の野菜を店先で販売し、みずみずしい野菜を見て購入する方や近隣に住む常連さんも増えつつあります。

戸栗さん 私の好きな料理のテイストが地域になじんでいったら嬉しいですね。今後は、私の地元でもある三鷹市の農家さんとも知り合って、新しい野菜や料理、味を取り入れていけたらいいな。

手作りのバナナチーズケーキ
この日の手作りデザートはバナナチーズケーキ
山梨県北杜市の『ビオファーム美土里』さんの新鮮野菜
山梨県北杜市の『ビオファーム美土里』さんの新鮮野菜

Writer

五十嵐はるか

編集者。主に育児を中心とした生活や健康、社会活動の取材・執筆、絵本制作に携わる。

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