生きものにやさしい、豊かな暮らしと生き方

山のいのち

山のいのち

文:立松和平・絵:伊勢英子/出版社:ポプラ社

えほん食堂
vol.11

ときどき、子どもにはむずかしいと世間で言われる絵本に出合います。
抱えるテーマが壮大であったり、重厚であったりすると、少ないページ数では中味が抽象的になりがちなので、子ども向きではないと評価されてしまうのかもしれませんね。でも、そういう大きなテーマこそ、私たち大人が本気で子どもに伝えたいことであったりもします。
『山のいのち』もお子さんが読んで、考えて、悩んで、わからないなりに何かを心に残してもらいたい絵本です。

団地の部屋にこもる不登校の少年・静一は、何日も人と話さないでいられる生活がラクで好きでした。ところが、両親の都合で夏休みの間、山奥で一人暮らしをする父方の祖父に預けられることになります。少しだけほうけがあり、静一を息子の良一と思い込んで喜ぶ祖父との二人の共同生活が始まりました。

ある日、祖父は、“良一”にごちそうすると言って、静一をともなって深い森の中に入ります。祖父の手には、祖父が大事に育てていたにわとりを襲ったイタチを入れた木箱の檻がありました。

森の木々が分かれた先に、輝く水が音を立てて流れる清流がありました。おびえるイタチをあわれみながらも、祖父はためらわずに檻を水に沈めてイタチの命を奪い、「よく見ておくんだよ。こいつがおまえに見せてくれているんだから」と、イタチのなきがらの喉元にナイフを立てて、しっぽに向かって切りさきました。岩と水は血で赤く染まります。

『山のいのち』のお話の中には、かわいい顔をしたイタチを殺し、そのなきがらから皮をはぎ取る、一見、残酷なシーンが登場します。子どもにはショックになるのでは…と、心配になるかもしれませんね。でもこの行為は、祖父が息子(と思い込んでいる孫の静一)に、伝統のイタチ漁(水の中でイタチの皮を動かして、驚いた魚を網に追い込む漁)を見せるための殺生でした。そして、イタチのなきがら処理を“息子”に手伝わせることで、命はぐるぐる回っている、人もその輪の中にいることを忘れるなと伝えたかったのではないかと思います。

そばで大人がサポートしてあげれば、きっと子どもにも意味が伝わり、忘れられないお話になるかもしれません。

人は日々、たくさんの命を奪いながら生きていますが、都会で暮らすとその悲しい宿命を忘れがちになりますね。だから、自分の手で生き物の命を奪って食べて、思いきりうしろめたさと感謝を感じる体験も、ときには必要なのではないかなと、個人的には思っています。

山のいのちの循環に触れたため(?)、感情を閉じこめ、ずっと言葉を飲み込んでいた静一の口から、久しぶりに言葉がもれ出します。伊勢英子さんの描く圧倒的な緑の風景もあって、命と心の再生の予感がしました。

Writer

あぷりこっとつりー

絵本と雑貨の店「あぷりこっとつりー」です。絵本は小さなお子様から大人まで楽しめるように、国内外の新刊&古本合わせて3000冊以上展示しています。お気に入りの一冊をゆっくりと探してください。雑貨はドイツと飛騨高山の手作り木のおもちゃや、店主が旅先で見つけた民芸品などをならべています。ほっとしていただける触れ合いの空間にで ...

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