生きものにやさしい、豊かな暮らしと生き方

やとのいえ

やとのいえ

著者:八尾慶次やつおけいじ偕成社

えほん食堂
vol.07
五十嵐はるか
五十嵐はるか

「あるところに、なだらかな おかと たにが つづく、やと という ちけいを ひらいてできた 村が ありました。」(本文はじまり)

「やと」とは、なだらかな丘にはさまれた浅い谷のこと。本書は、現在の多摩ニュータウン地域がある多摩丘陵を舞台に、明治元年(1868年)から、大正、戦前、戦時中、戦後を経て高度経済成長期から住宅地の拡大を見せた昭和、都市開発が進む平成31年(2019年)までの街並みと、その中で営まれる人々の暮らしの変化を精密に描きだしています。

著者は、作品『羅漢さん』で、2013年のボローニャ国際絵本原画展に入選した八尾慶次さん。石仏が好きで、愛宕念仏寺おたぎねんぶつじの千二百羅漢像に魅せられた八尾さんが描いた本作の語り手も十六羅漢です。

おだやかにほほえむ羅漢さんたちは、田植えや稲刈り、手仕事や出稼ぎ、冠婚葬祭など、春夏秋冬の中で暮らす人々を見守りながらも、戦時中の食料不足を補うために切り開かれていく里山や雑木林、戦後の農地の宅地化、都市開発による川の埋立てといった景色の変化も見つめ続けていました。

羅漢さんたちは、自分たち自身も変貌せざるを得ない対象であることをわかっています。陽光を跳ね返していた澄んだ全身は、1960年代から、砂ぼこりや排気ガスをかぶって少しずつ黒ずみ始め、苔が生えていきました。当たり前のように周りで遊んでいた野うさぎや野鳥、野生のたぬきの姿が見えなくなった代わりに、往来し始めたのは、ダンプカーやショベルカー。きっちりと区画整備されていく景観とは対照的に、見向きもされない羅漢さんたちの周辺には、粗大ごみが捨てられ、野良犬がごみをあさりに来るようになりました。

やとのいえ

羅漢さんたちのその後は、ぜひ本書を手にとって確認してみてくだい。
田んぼだった土地からリニアモーターカーが走る都市に変貌したようす描いた絵巻のような見返しも見ごたえたっぷり。表紙と裏表紙に描かれた家屋も含めて、一冊丸ごと150年の歴史を表現しています。文末の解説を参考にしながら、ページをいったりきたりして景色の変化をつぶさに見ていくと、より詳しく時代背景を知ることができますよ。

Writer

五十嵐はるか

編集者。主に育児を中心とした生活や健康、社会活動の取材・執筆、絵本制作に携わる。

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